学生寮のある日のできごと

2018年10月19日(金)

私は 大学に入学すると同時に 大学構内にある女子寮に入った。

そこは いくつかある大学の寮の中でも いちばん古くて、2段ベッドに机だけの
質素なものだった。

入学して しばらくして 生活に慣れ始めたかな、という頃。
突然 男性の太い声が 寮の外から聞こえてきた。

「なんだ?なんだ?」

ただならぬその声に わらわらと 廊下に出てみた。
同じように 他の部屋の人たちもみんな出てきた。
すでに廊下の窓が全開になっていて、先輩たちが 楽しそうに外を見ていた。

窓の外を見ると、応援団のような黒い集団がいた。
男の人ばかり 十数人が 横一列に並んでいた。
みな学ランを着て 腕を後ろに組み、胸を張って声を張り上げていた。

「わたくしはぁー、◯◯大学 ◯年 ◯◯◯◯ でありまーーーす」

自己紹介していたのである。
野球か何かの応援をしているように見えたが、
左から ひとりずつ 順番に自己紹介していたのだった。

それを見て 寮の先輩たちは 「あ〜、いつものやつね!」とばかりに 
にこにこしながら ひとりひとりに 「 50点!」とか 「30点!」とか 
点数を付けていた。

あと数人で 自己紹介が終わる、という時になって
突然 館内放送がかかった。
寮監先生である。

「みなさま、窓をお閉めになって お部屋におかえりなさい」

元帝国大学卒らしいというその当時 おそらく70代くらいであったろう、いつもキリッとなさっていた寮監先生の声が 寮内だけでなく、その周辺にも 鳴り響いた。

「ちぇっ」
心の中で 何人かは そう言っただろう。
あぁ、これから、っていう時なのにー!
後ろ髪ひかれる思いで 窓を閉め、部屋に戻った。
なんだか不思議なものを見てしまった、と思った。

大学を卒業して 数十年経っても あの自己紹介の続きはどうだったのか、
時々 知りたくなるのである。

そして その後、寮生活のことを いつまでも語り、何時間でも
美味しいお酒が飲める材料となるとは その時は 想像もしていなかったのだが、
この日のことが 最初の出来事だったのは間違いない。