音の葉インタビュー4 長澤彩 マリンバ

聞き手・文 = 進藤一茂(音の葉スタッフ/デザイナー)

長澤彩インタビュー

chapter1

マリンバを演奏している姿を生で見ていると、動きがダイナミックなのでつい見入ってしまいます。演奏家としては、見た目に興味を持たれてしまうのは残念なことですか?

いいえ、そんなことはありません。

どう見えるかについてはいつも意識をしていますので、そういう風に見ていただけることも嬉しいです。見た目ってすごく大切じゃないですか。

様々なスタイルがあるので、どれが良いということではありませんが、私は、前のめりぎみにならないように、顔がうつむきすぎないように心がけています。

マリンバを演奏するときの「基本の姿勢」のようなものってあるんですか?

絶対にこうでなければならないといった確固たるものはありません。「2本足で立つ」ってことくらいでしょうか(笑)

両足で立って、マレット(バチ)はギュッと握らないで軽く持ちます。そして手首から出して、跳ねるように弾く。そういうのが基本にはあると思います。それをベースにして、様々なバリエーションを付けていくという感じです。

良い音を出すためにもっとも大切なのは、とにかく脱力することです。肩から腕の力を抜いて 腕をしならせて、手首をやわらかくして・・

脱力のことは皆さん仰いますね。やはり楽器を演奏する上でもっとも大切な、基本中の基本なんでしょうね。

力を抜くことはとても大事です。

マリンバは演奏のときの重心の移動が重要なテクニックでなので、そのためにも脱力は基本です。

私の場合は、どの音もなるべく自分の身体の中心で弾くようにしています。音階が変わっていくのに連れて、身体の重心も左右に移動させるんです。

一番大きなマリンバは5オクターブ半ありますが、重心移動の際の歩数をなるべく少なくするために、足は結構大きく開きます。 腰から下を安定させて重心を移動させるので、身体をやわらかく脱力させていないと上体のバランスも保てないんです。

これはあくまでも私のやり方ですが、どんな弾き方でも脱力が基本ということは変わらないと思います。

叩き方のバリエーションにはどのようなものがあるのですか?

大きく分けて、アップとダウンがあります。アップというのは、打鍵してすぐにスナップをきかせるようにマレットを上げる奏法です。ダウンはアップの逆で、マレットをあまり上げない。

あとこれは、人それぞれの弾き方ということではありませんが、鳴らした直後に、鍵とマレットの間の空間を、もう片方の手でひらひらと扇いでゆらしたりすることもあります。

え?なんですって?

こうです。
音が、より響くように、客席に届くように・・

それは・・おまじないではなく、実際に効果があるんですか?

厳密にはあると思います。

へえ!それは驚きです。

他には「吹け」と楽譜に指示が書いてあったり。

えっ、鳴らした後、今度は息で音を飛ばすんですか?

いえ、鍵盤を吹くんです。息で鍵を鳴らすんです。

へええ!
そんなの初めて聞きました。マリンバには肺活量も必要なんですね。

実際に音は出るんです。とても小さいですが、柔らかい音が。

ですけど、金管楽器と一緒に演奏する曲にそういう指示が出ていたときには困りました。低い音から高い音に向かって、グリッサンドのようにふーーーってやるんです。楽譜に指示があるのでやりましたが、とても小さな音なので他の楽器に完全にかき消されてしまって、客席からは、私がただ鍵盤の上でほっぺたを膨らまして顔を動かしているようにしか見えなかったと思います(笑)

長澤彩インタビュー

chapter2

実は私、以前は自分を良く見せたくて演奏しているようなところがあったんです。だから、少しでも間違えたらその時点で集中力が切れてしまったり、演奏が終わるといつも「自分はダメだ」と落ち込んでばかりいました。

ところが、この数年でそれが大きく変わりました。

きっかけはお客様の言葉でした。自分がダメだと思っていた演奏に「すごく良かった」と本心から言ってくださる方が何人もいらっしゃいました。

そういう声を聞いている内に、間違えずにできたか、ということよりも、伝えたいものが伝わっているのか、という部分に意識が向くようになっていったんです。

それまでは自分の演奏だけを気にしていたのが、聴いている人にどのように伝わったのか、そして何が自分に返ってきたのか、ということを気にかけるようになりました。

そういう意識で演奏を続けていたら、良い演奏というのは、聴いている人と自分の感覚が、お互いに共有されたときに生まれるんだということに気付いたんです。

お客様との関わりをステージで感じることができるようになったら、すうっと肩の力が抜けて、以前に比べてとても楽に演奏ができるようになりました。

お客さんとの交流ということですね。

そうです。こちらからの一方的なものではなくなってきました。お客様からの反応で演奏も変わっていきますし。

それはまさに「ライブ」という感じですね。それでも、はじめは「自分にとって最高の音」みたいなイメージを持って臨まれるんですよね?

そうですね。自分のイメージは持っていきます。やはり伝えたいものが明確にないと、なにも伝わりませんから。でもその上で、場の流れを大切にしていきます。用意していったものがそれで変わってしまっても、それはそれで良いと思っています。

用意していった自分の「伝えたいこと」が、お客さんとの交流の中で形が変わっていたときに、「もうこれ以上は無理!」ということもありますか?

あっ、あります(笑) そういうときは、やっぱり一応我に返って引き戻します(笑) そこはちゃんとセーブしないと、ムチャクチャになっちゃうから・・。

それから、ずっと呼応しっぱなしだと聴いてる方も疲れてしまうと思うので、ふっと抜いたりする瞬間もあります。その辺りも、場の雰囲気などを読んで、咄嗟に反応します。

そういう交流を感じることができると、聴いている方も楽しいですね。

中学校などで指導していると、すごく楽しい曲なのに、子供たちはみんな眉間にしわを寄せて難しい顔で演奏しているようなことがよくあります。『間違えてはいけない』という気持ちがそうさせていることは分かるのですが、それって結局自分の手元しか見てない、自分のことしか考えてないんです。もし、聴いてくれている人のことを意識したら、そういう表情にはならないはずです。

はじめにお話しした「見た目が大切」というのは、そういう意味なんです。『自分をかっこよく見せる』ということではなく、聴いてくれている人を意識して交流が生まれたら、自ずと見た目にも反映されていくんです。

なるほど。

学校での指導ということで思い出しました。話がそれてしまいますが、小中学校などでは、打楽器って簡単だと思われてることが多いんです。とりあえず叩けば音は出ますからね。合奏などでも、楽器の苦手な子が打楽器になっちゃう、みたいなことが往々にしてあります。

でも本当は、打楽器ってすごく難しいんです!(強弁)トライアングルの一音を出すのでも、当て方の角度、腕の脱力具合、叩いた瞬間に力をどう逃がすかなど、すごく微妙な技を必要とするのに、子供はもちろん、指導する側もそういう意識はありません。だから、思いっきり叩いて濁った音を出しちゃう。とても悲しいです。

バスドラム(大太鼓)なんて、あの一定のテンポを刻むのは、吹奏楽の中では基盤となるパート、キーマンなわけです。それなのに、単に誰でも音が出せるからということで簡単に見られることが多くて、悔しいです・・。

(打楽器を愛しているのですね)

長澤彩インタビュー

chapter3

素晴らしい音色のヴァイオリンを聴いたりすると、天上の音を、演奏者が体を通して地上に降ろしてくる、みたいなイメージが沸いてくるんです。でも長澤さんの演奏する姿は、土にまみれて身体を動かすことである種のモードに入って、地上で祈る、みたいな印象でした。そういうことは意識されていますか?

自分で特に意識してそうしているわけではありませんが、そんな風に見えたのならとても嬉しいです。

マリンバって木の棒を叩いてるんですね。だから、天から降りてくるなにか、ではなくて、地面から突き上がってくるもの、というイメージがあります。なんというか「重さ」があるんです。

「重さ」ですか。面白いですね。浮遊するような気分にはあまりならないんですか?

そうですね。自分の出した音が「うわぁん」って響いたときには、とても気持ちが良くなります。でも、それによって、気持ちが浮いていってしまうっていうのは無いですね。地面と身体がいつでもつながっている感じがしています。

また、先ほどお話ししたように、お客様や場所との交流では、色々な情報を受け取りながらそれに呼応しています。いつもすごく色々考えていて、なんというか、とても覚醒した状態なんです。

なるほど、「場」というものをすごく大切にされているんですね。では、ぐっと現実的に、身体を動かすことによって、より身体が喜ぶ、というようなことはありますか?

あります! すごく乗ってきちゃいます。

あるとき、変拍子を多用した民族音楽的な曲を演奏していたときに、すごいグルーヴになったんです。身体を止めてしまうのがイヤで、そのままずっと弾き続けていたいと思いました。ランナーが、止まらずに走り続けていたいという感覚と似てるのかな。あまりに楽しくて、言葉では言い表せない昂揚を感じました。

そういう時って、重心の移動を普段よりもちょっと深めにしてみたり、手首のバリエーションをより細かくしてみたり、と、身体が自然に反応していきますね。

長澤彩インタビュー

グルーヴやリズム感という部分で取り入れている練習などはあるのですか?

リズムに関しての自分にとって大きな出来事として、大学を卒業してからジャズのビッグバンドに参加したんです。マリンバではなくドラマーとして(笑)。そこで、新しい発見がたくさんありました。

まず、ジャズをやることで、聴く音楽の幅がとても広くなりました。すると段々と、様々なリズムの違いに気付きはじめました。担当がドラムスというのも良かったのかもしれません。マリンバだと音階があるのでちょっと複雑ですが、ドラムスではよりリズムだけに集中できます。

リズムに敏感になることで、マリンバの表現も広がりました。例えばジャズっぽい曲をやるときに、それまでだったら淡々と弾いてしまっていたところを、2・4のちょっと重たい感じ(※)を意識しながら演奏することで、より深い雰囲気を出せます。

アフリカの民族音楽をやるにしても、その地方独特のリズム感を聞き分けられないと演奏することは難しいです。

クラシック音楽では「一定のテンポ・リズム」みたいな考え方ではなく、フレーズや流れに応じて一拍が長くなったり短くなったりする場合もあります。そういう拍の中にも「リズムのツボ」みたいなものはあって、それをより細かく感じられるようになりました。

あとこれは、練習でもなんでもないんですが(笑)、階段を昇ってるときなどに、前の人の足音の裏を取るんです。前の人が、「いち・にい・さん・しい」と歩いているとしたら、私は、「いち とお にい とお さん とお しい とお」の「とお」のタイミングで歩くんです。うまくリズムに乗れると楽しくなっちゃうんですけど、前の人のリズムがよれると心の中で「ちゃんと拍通り歩けー」とか思っちゃいます(笑) こっちが勝手にやってることなのにね。

(※4拍子の曲で、ワン・ツー・スリー・フォーの、2と4のアクセントを「2・4」(にーよん)と言うことがあります。ちょっと重い感じという場合は、そのアクセントをメトロノームのように正確に打つのではなく、わざと微妙に遅らせることで、リズムのノリを変えます)

現在の目標や夢はありますか?

クラシック音楽の世界ではマリンバは新参者です。登場の機会も少ないし、マリンバのために書かれた曲も少ないです。ですからヴァイオリンやフルートのために書かれた曲をマリンバ用にアレンジし直して演奏するんですけど、やはりヴァイオリンを想定して書かれた曲の響きをマリンバで表現するのは難しいです。

ただ、そういう演奏を聴いていただいたときに、『マリンバで弾くとこうなるのか』という驚きと喜びを感じてもらえると嬉しいです。

そうやってマリンバで色んな人との関わりを持って、たくさんの人にこの楽器を知ってもらうことが今の目標です。人と関わることがやっぱり好きなんです。

長澤彩インタビュー

長澤彩
国立音楽大学演奏学科(打楽器科)卒業。
第39回国際芸術連盟新人オーディションにて、審査員特別賞・奨励賞受賞。
第40回東京国際芸術協会新人オーディションにて、審査員特別賞受賞。
第14回JILA音楽コンクール第3位。
2007年、安倍圭子・ジブコヴィッチのマスタークラスを受講。
現在、フリー奏者としてソロや様々なアンサンブルを中心に活動中。また小中高校生打楽器・ピアノの指導等、後進の指導も積極的に取り組んでいる。
マリンバ・パーカッショングループ『DoLce』メンバー、南国音楽バンド『マリンバ・トロピカーナ』メンバー、ヒルフラット吹奏楽団団員、女性ビッグバンド『フォレスト レディース スウィング オーケストラ』でドラムを担当。
これまでに、新谷祥子・上野信一・植松透・河野真紀子の各氏に師事。