音の葉インタビュー1 星野沙織 ヴァイオリン

聞き手・文 = 進藤一茂(音の葉スタッフ/デザイナー)

星野沙織インタビュー

chapter1

星野さんの演奏する姿を初めて見たときに、とても独特だと感じました。なぜかというと、それまで僕が見てきた高音楽器の奏者は、演奏中に「気」が昇っていくためか、かかとを上げたり背中を伸ばしたりして、身体が天に向かっていくような印象でした。でも星野さんはそうではなく、まるで剣道のすり足のように、床に水平に移動するような弾き方をされていたからです。それは意識的なものなのですか?

はい。実はずっと武道をやっていまして、演奏するときの身体の使い方にも取り入れています。

私は2歳からヴァイオリンを弾いていますが、小さい頃から「音が浮く」ってよく言われていました。音が浮かないようにするにはどうしたらいいんだろう、ってずっと考えていましたが、分かりませんでした。浮かないようにと力で押さえつけると、ギチギチしてしまって音が飛ばなくなってしまうし、解決策が見つからなかったんです。

武道との出会いは中学生の頃です。中学・高校と合気道をやっていました。でもその頃は、武道と音楽は結びついていなくて、単純に好きだから稽古に通っていました。

その後、大学を卒業して、桐朋の研究科に入ったときに、心身体術の授業がありました。武道を向上させたくてクラスを取ったのですが、それを音楽にも応用できるんだということを、そのクラスの先生が気付かせてくださいました。

「楽器を弾くときに、武道と同じような身体運用をすると、とても楽に弾けるよ」って。

その先生の言葉で気付けたのは、やはりもともと武道の心得があったからなんでしょうね。

そうかも知れません。先ほど「演奏するときに武道を取り入れる」と言いましたが、音楽の上に武道を重ねるといった表面的なことではありません。むしろ、武道的な身体の使い方がベースにあって、その上で演奏をしているという方が近いです。

音楽と武道が自分の中で結びついていなかった頃は、武術では、いかに相手を倒すか、自分をどのようにそこに持っていくか、といった「力」の使い方にフォーカスしていました。合気道は流れを読むことが大切ですけど、それでもやっぱり相手の「力」をどう利用するか、という部分に大きなウェイトがあります。

楽器を演奏するときには「力」は邪魔になることがあります。ですから、武道と音楽はまったく別物と思っていたんです。

ところが、楽器を弾くときに、武道での身体の使い方、とりわけ「重心の位置を低くする」ことに意識を向けるようになったことで、それまで抱えていた「音の軽さ」の問題が改善されていきました。「気」が上に上に昇ってしまうのを「力」で押さえるのではなく、昇らないようにするための身体をそこに「在る」ようにしておく、という感じです。さらに、下半身を充実させることで上半身がとても楽になって、動きの自由度も格段に増しますので、表現の部分での幅も広がりました。

星野沙織インタビュー

chapter2

演奏するときのすべての場面において、身体の使い方を意識することが影響しているのですね。

そうですね。

「音が浮いてしまう」ということの他に、もうひとつの昔からの課題が「音が小さい」ということでした。大きな音を出そうとすると力が入ってしまって、かえって縮こまってしまっていたんです。

ある日、当時の先生から「星野さん、そのままで大きな音が出せないなら、太って」って言われて(笑)、えーっ!てなって(笑)。やっぱりふくよかな方が腕の重みも乗るので大きな音が出やすいんです。でも私は身体の使い方を研究することで、太らない道を選びました(笑)

体つきも大きく関係するのですね。

もちろんです。ヴァイオリンって自分の体を共鳴させて音を出すと言われているんです。だから、同じ楽器でも弾く人によって音色がまったく違います。それは、弾き方の違いということだけではなく、体が違うからです。

それから、身体の使い方は音色にも関係があります。私の楽器って、弾いた音がすごく素直に出てしまうんですね。何の気なしに弾いた音がすごくまろやか、という楽器もありますが、私のは「パン」ってそのままむき出しの感じで出てしまう。

だから、音を出すときには、いつでも音のイメージを身体のイメージに投影させます。「自分はこの音を出すぞ」っていうのを、気持ちだけではなく身体にも意識させます。

例えば「ザラッ」とした感じの音を出したいときには、ちょっとこう(やや斜に構えてあごを上げたようなポーズ)いう感じで入るだろうし、太い音を出したいときには、重さを乗せるために若干こう(頭を少し下げて下からめくり上げるようなポーズ)いう風に弾くだろうし・・・。

あともうひとつ大事なのが、息づかいでしょうか。

息づかい?

弾き始めに「すっ」と息を吸うじゃないですか。それが「ザッツ(アインザッツ=合図)」になっているんですが、フレーズによって息づかいが変わります。ゆっくりのところで入るときは「すーーー」って吸うし、早いときには短く「すっ」って感じですし。

曲を演奏するときには、曲の呼吸がそれぞれにあります。一緒に演奏している方がいれば相手の息づかいもありますよね。その時そのときの「息」で身体の持って行き方も変わります。

息っていうのは・・・やっぱり・・・「歌」じゃないですか、音楽って。しかもヴァイオリンはメロディを弾く楽器なので、息はやはりよほど大事です。

自分がこうして音楽を選んで、それがなぜかなって理由を考えたときに、自分の好きなことや誰かに伝えたい想い、綺麗な景色、情熱・・・そんな感動を、できる限り美しい音で「歌いたい」っていう気持ちが一番大きいんです。美しい音を出すためにはどうしらたいいだろう、っていつも考えてます。

色々な曲、色々な音、色々なイメージを伝えるために、そのときどきで身体の使い方は変わりますけど、それらを十分に伸びやかにできるようにするための根本にあるのは、心身体術で学んだ、重心を低く安定させることだと思っています。

星野沙織インタビュー

chapter3

そうやって身体の使い方に気を付けるようになって、何が一番変わりましたか?

自分の意識、でしょうか。私の意識のコントロール。意識を、無意識から意識化する、というか・・。

分かりやすく説明してもらえますか。

例えば、よく、何の気なしに描いた落書きが、すごく良い感じの絵になってることってあるじゃないですか。ですけど、演奏するとき、特に、練習をするときには、それはしてはいけないことなんです。

以前は間違った考えを持っていました。本番で気持ちの良い演奏をするためには、練習のときにも、「気持ちよさ」をいつでも再現できるように、「気持ち良く弾けてるかどうか」が良し悪しの基準になっていたんですね。

でもそれって、言わば「無意識」の状態なんです。それを突きつめていくこと、無意識を磨く(笑)ことで、あるレベルまでは行けると思うんです。でも、その先を乗り越えるのはとても困難です。私はそう思っています。

ですから、その「無意識」を「意識化」して、頭で理解している必要があるんです。

なるほど。その逆はダメなんですか?

わざと無意識にする、ということですか?

無意識を意識に吸い上げたものを、また無意識に戻す、っていうことです。解放するというか・・。

それです。それをするための意識化なんです。

最終的な目標は「自然に全部が動く」ことです。でも、そこに辿り着くためには、緻密に、ロジカルに、時には数学的に理解しておく必要があるんです。

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本番でときどきあるんです。「降りてくる」ときが。自分が音楽に支配されて、勝手に弾かされているような状態です。もう、体中のすべてが音楽!みたいな感覚で、一種のエクスタシーですね。

それはとても心地よい体験なので、そうなれることをいつもどこかで望んではいるのだと思います。ただ、それって、自分の感覚では素敵ですけど、果たして音楽家として舞台に立っているときに良い音楽を奏でられているのかと言われたら、ちょっとわからないんです。

すべてが解放されて、自分の感覚に任せて弾いてしまっているので、そういう時は譜面も見ていませんし、もしかしたらメチャクチャな歌い方になっているかもしれない。それは「自然に全部が動く」こととは違うんです。

「音が浮いてしまう」という自分のクセをどうやって直していいのか分からないって話を最初にしましたけど、身体の使い方を学んでいく内に、練習の時に意識するポイントや、自分のクセを頭で理解できるようになってきました。

『こういうパッセージのとき自分はこんな風になりがちだ。その理由はこうだ。だから、そうならないようにするにはこういう身体の使い方をすれば良いんだ』。こういったことをきちんと意識できるようになりました。「気持ちよさ」を基準に無意識に弾いていたら、こういうことには気付けなかったと思います。

意識するということは、言語化する、ということです。言語化するということは、身体化するということです。全部がつながっているんですね。で、そういうベースをきちんと作っておくと、無意識に弾いていたときとは比べものにならないほど遠くまで飛べるし、幅も深みも大きくなります。

やっと最近、自分の音が「ちょっとは聴けるようになってきた」と思います。ああ、やっとヴァイオリンらしい音になってきたなあって。その一番大きな理由が、身体の使い方にあるように思っています。

星野沙織インタビュー

星野沙織
国立音楽大学附属高等学校及び国立音楽大学を首席で卒業、同時に武岡賞受賞。同年4月、桐朋学園大学研究科に入学。第80回読売新人演奏会出演。第35回国立音楽大学東京同調会新人演奏会出演。 第14回松井クラシックのつどいフレッシュコンサート出演。2011年に全日本芸術協会主催のソロリサイタルをウィーンホールにて開催。 様々な国内外のセミナーに参加し、これまでに小森谷巧、徳永ニ男、清水高師、藤原浜雄、ジェラール・プーレの各氏に師事。現在、オーケストラの奏者としてフリーで活動するかたわら、個人レッスンを行っている。国立音楽大学演奏補助員。

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