ある19歳の女の子のこと その2

2020年4月15日(水)

今までできていたことができなくなる、という進行性の難病というものがあることをわたしは知りませんでした。赤ちゃんのときは「もうすぐ歩くぞ」と期待していた、そこまでスクスクと成長していたのに、歩くことだけでなく、今できていることもできなくなる、という宣告。

どうしてうちの子が…何かわたしがしてしまったのだろうか。
周りの子どもたちはスクスクと育っていくのに、どうして…
お母さんはそんな思いでいっぱいになりました。

そのうち同じくらいの月齢の赤ちゃんを見ることもできなくなり、涙が止まらなくなって、ただお父さんの帰りを待っていた、そんな日もあったと正直に話してくださいました。

「でもね、パパがね、『萌ちゃんは萌ちゃんなんだから』とまったく変わらなかったんですよ。」 と話してくださいました。 そのとき、お父さんはお母さんの話をじっと聞きながら、目頭を押さえておられました。

わたしは目の前におられるこのご家族が、どんなご苦労を経て今があるのか、 こんな具体的なお話を聞かせていただくことは今まで経験したことがありませんでした。萌ちゃんのご両親はきっといちばん話したくないことをあえて話して聞かせてくださったのだ、と思いました。
とても重大な何かを頂戴したような気がしました。

実は今年のお誕生日会のご依頼をいただいてから、どんな方をご紹介して演奏を聴いていただこうか、とずっと考えていました。 ご希望はヴァイオリン とピアノのデュオでした。 そこでわたしの中に、ある方が思い浮かびました。それは大学に入ったばかりの学生さんで、矢嶋みのりさんでした。みのりさんは萌ちゃんと同級生なのです。 わたしと彼女のお母さんとは学生時代の友人なので、みのりさんが小さい頃からがんばっていることを知っていました。いつかどこかで本番を、と狙ってもいました。 それが今じゃないか、と思ったのです。

このキャスティングにわたしが期待したのは、みのりさんが萌ちゃんに出逢うことで、きっと何か萌ちゃんからのメッセージを受け取ってくださるように思えたことです。同時に萌ちゃんにとっても、同級生のヴァイオリニストに出逢うことは初めての体験、楽しいことではないかと思ったのです。
しかし、ご両親にとってそれはどうなのか?この提案はとても緊張することでもありました。悩んだ末に、萌ちゃんのお母さんにお電話をして相談しました。

すると「ぜひ!」と明るい声でおっしゃってくださいました。 そのとき、パチンと小さな風穴が開くような気がしました。
こんなことを申し上げるとおこがましいのですが、萌ちゃんのお母さんご自身が、大きなハードルを超えられたように感じたのです。

萌ちゃんには、言葉を超えた判断力が備わっています。
初めて逢うひとのことも、瞬時に見極めてしまいます。それは萌ちゃんの表情を見ていればすぐにわかります。 今日の演奏、どうだった?楽しかった?そんな問いも、表情を見ればすぐわかる。ダメならダメという顔になっていますから。ほんとに怖いくらい率直なんです。その萌ちゃんが、みのりさんの演奏をにこーっと笑って嬉しそうに聴いてくれたのです。 もうみんなで大喜びでした。
とはいえ最初は「え?あんた、わたしと同級生なの?」とちょっと半信半疑で聴いていたんですよ。それがプログラムが進むにつれて、にこーっと笑っていたのです。

わたしは萌ちゃんとみのりさんに感謝の気持ちでいっぱいになりました。 おふたりは言葉を超えて、音楽でつながっていたのです。

ちょうどこの日はあるおふたりが聴きにいらしてくださっていました。
みのりさんが「19歳の今のわたしの演奏を聴いてください」そう言って弾き始めたヴィターリの『シャコンヌ』を目を丸くして聴いてくださいました。
「わたしたちも、こんな目の前でこんな迫力ある演奏を聴くのは初めてです」とおっしゃって大きな拍手を贈ってくださいました。
これからも忘れないであろう瞬間でした。
感激でした。

この日の出逢い、瑞々しい演奏は、萌ちゃんがいてくれたからこそ、みのりさんが「今」を生き、そのままを演奏してくださったからこその時間でした。
みのりちゃんのお母さんであり、ピアニストである、矢嶋景子さんの演奏も素晴らしいものでした。

この場をお借りして、みなさまにお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

萌ちゃんに逢うたびに、萌ちゃんはわたしに目で問いかけてきます。
「あなたは、あなたを生きていますか?」

わたしにとって、優しくていちばん怖い存在の萌ちゃん。
来年は20歳のお誕生日を迎えます。

(みなさまの許可を得て掲載させていただいています)

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毎回、電子ピアノを持ち込んでいます。
ほんとに目の前での演奏です。



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終了後に。



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「あんた、わたしと同級生?」という顔から一転、笑顔に変わった瞬間。


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19歳、お誕生日おめでとう!




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